『三省堂国語辞典』(8版)に関する意見と公開質問状

株式会社三省堂 代表取締役社長 瀧本多加志 様

『三省堂国語辞典』第八版 編者 

見坊豪紀 様  市川孝 様  飛田良文 様  山崎誠 様  飯間浩明 様  塩田雄大 様

 昨年12月に大幅な改訂のうえ発売された貴社の『三省堂国語辞典 第8版』(以下、三国8版と略す)について、とりわけ「女」「男」「フェミニズム」の項目に関して私たちの意見を述べるとともに、いくつかの質問をしたいと思います。ご返答を何とぞよろしくお願いいたします。

1.『三省堂国語辞典 第8版』に関する私たちの意見

 「時代(いま)を写す辞書」との帯文に、この三国8版の性質が集約されていると思われます。それは、序文の以下の言葉からも伺えます。「現代語は、かたい文章語からくだけた俗語まで、さまざまなことばによって成り立っています。そのすべてを見渡し、ゆがみのない姿を写し取ることを、この辞書は目指しています」。

 私たちは、本辞典の編者のみなさまが現代という時代を見るまさにその立場について、いくつか意見を述べさせていただきます。

 言うまでもないことですが、現代の日本社会はグローバル化のもとにあります。この三国8版に取り入れられた多数の外来語や和製英語を見てもこのことは明らかです。けれども、グローバルである以上、語義や用法については、日本の中で一部の学者やメディアが語っていることだけでは確定できないはずです。性別・ジェンダー・フェミニズムについても、どのような世界的な現実があり、論争の文脈があるのか把握することが、この辞書の目指す「すべてを見渡し、ゆがみのない姿を写し取る」ためには欠かせません。

 しかしながら、この三国8版は、「女」/「男」、「フェミニズム」に関連する意味と用法を記述するにあたり、世界的状況の「すべてを見渡し」ているとはとうてい言えず、女性の人権を軽視していると考えざるをえません。まず、「女」「男」の項目について見てみます。

 「女」および「男」

おんな[女]をんな ①人間のうち、子を産むための器官を持って生まれた人(の性別)。女子。[生まれたときの身体的特徴と関係なく、自分は この性別だと感じている人もふくむ。☞トランスジェンダー]「―きょうだい・―ことば」

(三国8版、197ページ)

おとこ[男]をとこ ①人間のうち、子種を作るための器官を持って生まれた人(の性別)。男子。[生まれたときの身体的特徴と関係なく、自分は この性別だと感じている人も ふくむ。☞トランスジェンダー]「―社会・―ことば」

(三国8版、220ページ)

 まず、「子を産むための器官を持って生まれた」「子種を作るための器官を持って生まれた」という、まさに生物学的な身体的特徴による「女」「男」の説明を最初に示しながら、「生まれたときの身体的特徴と関係なく」という言葉を続けることで、先行する文で示された身体的特徴は無意味になっています。それを必須としないという意味になるからです。また、これらの身体的特徴は「生まれたとき」にかぎられるものではなく、その生涯にわたって続くものです。さらに、「自分は この性別だと感じている人もふくむ」と書かれています。しかしながら、「この性別だと感じている」かどうかは他者からはわかりませんし、また「感じている」ことと実際にそうであることとはまったく別のことです。

 そもそも言葉の意味説明に、ある個人がそう感じていることを含めることは、辞書としての役割を放棄することです。他の項目にそれと類似の説明があるでしょうか。「人種」の説明に「その人種だと感じている人」も含まれているでしょうか。「成人」や「子ども」の説明に「そう感じている人」も含まれているでしょうか。いえ、含まれていません。現実に、白人でありながら自分は黒人だと主張する人は存在しますし、中年の男性なのに自分は女児だと主張する人も存在します。しかし今回の三国8版では、これらの人たちのために「人種」「成人」「子ども」の意味を変更してはいません。これだけでも辞典としての首尾一貫性が問われるでしょう。

 もっと重大なのは、性別に関してのみ個人の「感じていること」をその言葉の意味に含めることは、単に意味説明の問題ですむことではなく、女性の人権と安全をないがしろにするものだということです。女性は、子を産むための器官を持つというその身体的特徴が一つの重要な要因となって、長い歴史の中で差別され、抑圧され、不利な扱いを受けてきました。個人の感じ方を身体的特徴と並んで意味説明に含めることで、女性のこれまでの歴史も現在の苦境も矮小化されてしまいます。

 また女性はその身体的特徴ゆえに、痴漢や盗撮をはじめとする卑劣な性暴力にも日常的に遭っています。女性だけのトイレや浴場、更衣室、女性用の刑務所や避難所、女子スポーツなどは、こうした脆弱な身体性を持った女性の人権と安全を保障するために不可欠です。しかしながら、「女性」の意味に、「自分が女性だと感じる男性」も入ることになれば、こうした施設や区分は有名無実となり、女性の人権と安全は深刻に脅かされてしまいます。

 次に「フェミニズム」の項目について見てみます。

 「フェミニズム」

フェミニズム[feminism]男も女も性的少数者も平等にあつかわれるべきだという<考え方/運動>。フェミ<俗>。[以前は「女権(拡張)論」などと訳された] 

(三国8版、1316ページ)

 ここでは、説明の冒頭でいきなり「男も女も性的少数者も平等に」とあり、女性は単に一つの構成要素に引き下げられています。しかし、フェミニズムとは、歴史的に見ても、現在においても、女性の人権擁護と地位向上、真の男女平等のための思想と運動です。今日においても言葉の本来の意味における男女平等は達成されておらず、女性は深刻な差別と抑圧を受けています。とくにこの日本においてはそうです。女性の賃金は、非正規雇用者を含めればいまだに男性の半分近くであり、女性の大多数は不安定な非正規雇用です。そして、家事と育児の大部分は女性に不当に押しつけられ、国会議員や企業幹部に占める女性の割合は世界的に見て最低水準です。こうした状態をなくすための思想と運動こそがフェミニズムです。けっして「男も女も性的少数者も平等に」という思想ではありません。この項目を説明するにあたり、「男も」という言葉で始めること自体が、女性に対する徹底した軽視であると考えます。

 過去の知の集積にアクセスする力を養うことが教育の一つの目的であり、そこで果たす辞典の役割はたいへん大きなものです。しかし、上に示したような矛盾したり誤っていたりする説明をもってしては、人類のこれまでの知識の集積に向きあっていけるとはとうてい思われません。

  

2.『三省堂国語辞典 第八版』に関する質問

 以上、私たちの意見を述べさせていただきましたが、それに加えて、編者のみなさまがどのような知識と前提のもとでこれらの項目を書かれたのかに関して、以下の質問をさせていただきます。

質問1

三国8版で「女」「男」「フェミニズム」の項目を執筆するに際して、主として参考にした文献があれば、それを具体的にご提示ください。

質問2

世界の一部ではすでに法律や施設の運用規定などで、「性別」の中に身体的特徴とは別に個人の感じ方ないし「自認」を含める動きが進んでおり、そのことによって深刻な問題が多数発生しています。以下、いくつか代表的な事例(ほんのごく一部です)を挙げますので、それらの事実について、三国8版を編纂する段階でご存じだったかどうか教えてください。また、承知したうえで「女」「男」の項目を書いたのであれば、そうしてもよいと考えた理由についてお答えください。

①イギリスや米国カリフォルニア州などで、女性刑務所に女性を自認する男性身体者が移送され、レイプ事件をはじめとする性暴力事件を起こしていること。

②米国カリフォルニア州の韓国スパで、性器を誇示する男性身体者が女性専用スペースに侵入したが、州法を理由に施設管理者はその人物を排除しようとしなかったこと。またその人物が性犯罪の前科のある人物だったこと。

③欧米では、多くの思春期の少女たちが健康な乳房および乳首を切除して「トランス」していること。そのような性別移行医療を後悔し、元の性別に戻ろうとしている女性たちが多数存在すること。

質問3

「女」の意味に個人の感じ方を含めることに対して、もう何年も前から世界中でもこの日本でも、多くの女性たちが強い反対意見を表明していますが、三国8版を編纂するにあたり、これらの意見に耳を傾けたでしょうか。もしこれらの意見を知っていたなら、あのような説明を採用した理由は何でしょうか。

以上、女性の立場からの意見および質問をお伝えいたしました。ご返答は2022年2月10日までに、eメールないし貴社のwebサイト上でご回答くださいますよう、お願い申し上げます。

2022年1月18日

No!セルフID 女性の人権と安全を求める会

共同代表 石上卯乃、桜田悠希

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